シフト補正

最近の日本の法改正の中に、シフト補正の禁止というものがありました。4月1日より施行されております。簡単に言いますと、発明のポイントを変更するような補正は認めないというものです。

そもそも補正とは何かと申しますと、通常、特許出願をした際に審査の過程で書類を直す必要が生じてきます。例えば、ある装置を作り、特許出願をしたのだが、似た装置について他の人が既に出願しているということが多々あります。

業界にいる自分としてはそのような装置を見たことも聞いたこともないが、既に特許出願だけはされているという状況です。しかし、似ているとはいえ、違う部分もありますから、その違いに基づいて得られる使い勝手の良さをアピールし、権利化できる部分だけを権利化の対象とします。

この際、書類の中の「特許請求の範囲」の部分を補正します。補正は、補充および訂正を表すと言われています。

ではシフト補正とは何かというと、この補正が大きな場合を指しています。書類には「特許請求の範囲」という権利化を目指す部分に加え、その裏付けを含めた技術的説明として「明細書」という書類が必要です。

補正は「明細書」に書いてある発明の範囲であれば可能というのが原則でした。しかし、シフト補正はこれに大きな制限を課します。誤解を承知で簡単に説明すると、特許請求の範囲に書いた最初の発明と関連の深いものでない発明にする補正は認めないということになります。

特許庁の言い分を良心的に解釈すると、最初の発明とは全く関連しないような発明にまで補正するのはルール違反だと言うことです。これを認めると、一つの出願で二つの発明を審査することになり、一つの出願で一つの発明だけを書いている人との扱いで不公平になるというものです。

ですが、お役所の言い分ですからそのような善良的な思想は表面的なもので、実際にはそのような「困ったちゃん」が多いわけではありません。外国にはそのような制度があるところもありますから、隣の芝生の感覚で羨ましく思って採用しているわけです。外国の良い制度は見習わず、・・・。

ま、そんなことは日常のことなので文句を言っても始まりません。それでは、シフト補正で何か問題があるかといいますと、上のような全く違う発明に移す補正を意図しなくても、この改正によって影響を受ける場合があるので、気を付けなければならないのです。

特許請求の範囲というのは、権利主張の基礎となる部分ですからできるだけ広く書かなければなりません。特許請求の範囲には、請求項という単位で複数の項目を書けます。通常は、広い権利範囲から狭い権利範囲まで段階的に限定を加えることで、権利範囲を徐々に狭めていきます。これによって広い請求の範囲で権利を取れなくても、段階的に狭めたどこかに落ち着くというわけです。

このような合理的な意図で請求の範囲を広いものから狭いものまで用意して特許出願をするのですが、最初の請求項が広すぎるとこのシフト補正でやられます。広すぎるというのは、既存の技術を含んだものという言い方の方が良いでしょう。

今、一番目の請求項(請求項1と呼びます)と、それを狭めた請求項2が既存の技術を含んだものだとします。広く書くと、意図していなくても既存の技術を含んでしまう解釈ができる場合があるからです。請求項3は広く解釈しても既存の技術を含んでおらず、補正が認められれば請求項3の発明として権利が取れるという状況です。

しかし、既存の技術と比較すると請求項1は権利を取れる発明ではありませんし、それと関連の深いものは請求項2だけとなります。請求項3は新規な限定要素があるから既存の技術を含まないということですが、その意味で請求項1や請求項2にはない技術要素を含んでいると解釈されます。

この結果、段階的に狭めていこうという意図で用意しておいた請求項3に限定しようとする補正はシフト補正となり、認められません。つまり、最初に用意しておいた発明に限定することができないということになります。

請求項3は最初に技術を整理した段階で最初の発明を狭めただけのものですし、最初から特許出願しているにもかかわらず、審査されないということになります。

なぜこのようなことが起きえるかといえば、特許出願する時点で既存の技術を全て理解していなかったため、請求項1を広く書きすぎたと言えます。しかし、現実問題として既存の技術を全て理解し、それを系統立って整理しておき、その上で自分の発明を位置づけし、既存の技術とは異なるというところまで理解している人間は存在しません。

全ての出願人が特許庁の審査官と同じ審査設備をもち、それにアクセスできるわけでもありません。それにもかかわらず、このようなシフト補正の制限が適用されます。

今回の説明は大変難解なものだと思いますので、特許の精度がよく分かっている人にしかご理解はいただけないかもしれないのですが、そのような人にだけでもご理解していただければと思います。
2007年04月18日 12:56