メタルインサート事件

メタルインサート事件

:特許権侵害差止請求他:昭和56年(ワ)第4733号(東京地裁:S57/9/29)


 この判決における事実と争点を簡単に紹介します。適用対象は、型枠内にコンクリートを充填して板状に成形する際、枠の内側にインサートという固定用の金具を取り付けておくことにより、完成したコンクリート板には縁部にインサートが埋設されるという技術です。ここで原告の特許権は「…インサートの取付方法」であり、型枠定盤2に取り付けた支持治具1に、まずパイプ3を挿入し、次いでそのパイプ3中にインサート4を圧入してインサート4を型枠定盤2に固定するというものです。
 一方、被告製品は、インサート本体4をスリーブ(パイプ)3に圧入装着してメタルインサートを作り、次いで、型枠定盤2に固定したインサート受け金具に同メタルインサートを挿入しています。
 すなわち、原告側の特許権では、支持具を枠に取り付け、パイプを支持具に取り付け、インサートをパイプに取り付けるという順序ですが、被告製品は、インサートをパイプに取り付け、支持具を枠に取り付け、メタルインサートを支持具に取り付けるという順序となり、逆の手順となっています。方法特許で順序が異なるものにはどのような判断がなされているでしょう。なお、被告はインサート本体をスリーブ3中に圧入装着してメタルインサートを作っておくことにより、作業現場での作業が低減すると主張しています。
 結論は、間接侵害を構成せず非侵害。すなわち、方法特許は手順の異なる製品に効力が及びませんでした。
 判決の中で、次のような記載があります。「…明細書において開示した発明のどの部分を特許請求の範囲に記載して特許権による保護を受けるべき発明とするかは、出願人の自由であって、特許請求の範囲の記載によって把握できる発明の範囲を超えた内容を発明の詳細な説明に開示したとしても、この超えた部分に特許権による保護を与えることは原則としてできないことは明らかである…」。判示事項では「…経時的順序に由来する作用効果にも少なからぬ差異が存する…」といっているものの、要は「方法を選択したのだから、方法としての保護を求めているものと判断する」ということでしょう。
 原告はこのようにも述べています。「…本件発明は、インサートの取付方法に関する発明であるが、化学反応に関する発明のように方法の経時的順序が当然に必須の構成要素となる発明と異なり、…」、また、「支持治具、パイプ、インサートを本件発明のように組合せたインサートの取付け方法に関する先行技術はない」。法律上、選択肢として「物」と「方法」とがあるわけですから、どちらでも良さそうなものはどちらか記載しておけば両方をカバーできると安易に考えるべきではないと肝に命じるべきです。
 経時的要素が必須であって方法の発明といえ、権利化を望むときにはあらゆる順序を考慮することが望まれます。ただ、それでも逃げられてしまうのが現実であり、教訓として活かせるのは「権利はできる限り物である。方法はサブ。」ということではないでしょうか。経時的表現を含んだ「物」の記載も不可能ではないのですから。先行技術の把握もまずかったと思いますが、それは次の機会に。