プロローグ

プロローグ

 201X年8月1日、ここは株式会社名古屋エネルギーの知的所有権部、通称IP部。主人公の名は・・、現在35歳。偏屈な弁理士の父親を持つ中間管理職。大学卒業後、新入社員として配属されたのはIP部。とはいっても大学も知的所有権工学だったから当然だ。配属されたのはIP部の中でも営業課だ。20世紀の時代には知的所有権といえば特許が主流だった。それも基本的には他社に実行させないための特許、すなわち防衛のための特許だった。だから、父親を含めて特許部に営業課ができるとは夢にも思わなかった。

 21世紀に入るころから急激にIP部は変わった。それまでの特許が排他的な意味合いとして評価されていたのに対し、アメリカ先導型のプラス評価の波にもまれ、知的所有権は明確に財産として計上され、利用されるようになってきた。そういえば、20世紀の終わり間際の特許庁長官がプロパテントを声高に主張し、全国で講演会を開いてくれたおかげかもしれない。

 何が変わったといって、まず、それまでの密室的なクロスライセンスはすたれ、特許発明の実施に対してオープンな料金設定がなされ、かなり自由に他社特許発明を実施できるようになった点だ。それでも最初のころはクロスライセンスとしてお互いに実施料を払いつつ受け取るということだったようだが、その実施料の動きを兜町が嗅ぎつけた。実施料の動きこそその会社の技術力を反映していると考えたわけだ。とかく決算というのは会社の意向を反映させて操作される(注1)ので中身が見にくかったが、製造業の実体はこの実施料収入でかなり正確に把握できるようになった。「実施料を取れない=技術力がない」という判断がされる。一部ではそういった動きに反発した大手メーカーもあったが国際的にも企業評価にはIP収入が必須として含まれるようになったので抗うのは無駄だった。

 企業は実施料を稼ぐことが当たり前となったが、ストックマーケットのような投機的な動きは起こらなかった。それは評価基準がかなりはっきりしたからだ。プロパテントの動きに合わせて弁理士会は工業所有権センター(注2)を設立した。当初は工業所有権紛争仲裁センターとして工業所有権に関する紛争の仲裁を目的とする裁判外での早期解決機関となるはずだった。しかし、社会はこの機関の役割として単なる仲裁にとどまらず、仲裁にあたって必要な全ての機能を要求した。その一つが工業所有権の技術評価だ。それまでのような特許を独占的なものと考えず、とにかく利用されることが実施料を生むという考え方から技術評価するのが良かったようだ。一つの特許だけで製品が作れる時代ではない。だから、寄与率の低い特許は実施量率は最初から低く算定される。

 それにも増して企業の側で正確に特許に対して実施料を設定できないようではその管理体制にも疑問がもたれてしまう。その点、現在のIP事務所はよくやってくれる。弁理士を中心とした弁護士や会計士などが所属する総合事務所だが、財務状況を踏まえて特許の実施料設定にはかなり妥当な助言を与えてくれる。どうして昔はこのような事務所がなかったのか不思議なくらいだ。そんなわけで仲裁センターは工業所有権センターとなり、企業の側で設定した特許の実施量率は公の場で妥当なものに是正されている。だから一発屋がしかけてきても投機の波には飲まれない。

 実施料を稼ぐための前提として特許を魅力ある商品にし向けていく動きも盛んになった。それまでの分かる人には分かるといった明細書はみんな嫌がる。技術の裾野を最初から把握し、論理的に境界が分かるようなものでなければそれだけで実施量率も下がってしまう。最初はIP部にCS課が無かったが、いまではCS活動も盛んだ。クライアントサービスなくして魅力ある特許は取れないのかもしれない。

 IP部のクライアントサービスは事業部制からコーディネート制への変換にも合致した。事業部制は少品種大量生産には向いていたが、同じ会社の事業部同士を分けてしまい、作り出せる商品に制限を生む結果となってしまった。また、別々の事業部で同じ機能の部品を独自開発するという無駄も生じてしまった。今では開発部門と製造部門をタイムリーに結合させて魅力ある商品を生み出すコーディネート制が当たり前になった。コーディネート制が必要とするのは魅力ある商品を開発するための情報であり、それを確実にするためにも特許が使われている。でも、そんなのは最初から当たり前のことだ。どこのメーカーも最初はそこから始まっているのだ。肥大化した組織を振り返ったとき実は軌道から外れていることに気が付いただけだ。

 マーケティングと開発活動がコーディネートされ、そこにはIP部のクライアントサービスも当然に必要となった。なんといっても特許が排他的に利用されないことを前提とすれば実施料収入は原価ダウンの要だ。一つ一つの特許は決して高価ではない反面、それはネジ一つ一つに対するコストダウンと同様の気配りがなされている。そういえば以前は製造部門のコスト意識と比較して管理部門のコスト意識の低さが問題にされたことがあった。しかし、これに反発した管理部門が実施料収入のような明確な手段を得て実は管理部門が決して肥大化しているのではないということが分かった。むしろ、IP部の管理活動に力を入れている会社こそ実施料収入で厳しいコストダウンを実現可能としていた。

 コストダウンというと面白いもので最初はアジアの低賃金にしか目がいかなかった。実は高度な生産管理こそ最大のコストダウンだったのだ。それでも最初の頃は人件費の低下によってアジア進出した企業でコストダウンが成功しかけたようにも見えたが、結局は生産設備の前倒し償却によって赤字が出ることが分かった。そんな中で国内で徹底的に生産管理を向上させた企業こそ競争力のあるコストダウンが可能になったのだ。そういえば20世紀の終わり頃に発表された各国の生産性には日本人の鼻がくじかれたものだ。高度な生産力や技術力をもち、当然、世界一の生産性をもっているものと自負していたのだが、実は世界一ではなかった。技術輸入が多かったとか、付加価値が高くなかったと言われたが、とにかくそれを契機に技術輸入が生産性の向上のネックになっていることが指摘されたし、本当の意味での付加価値の向上に目が向けられた。一度は成功しかけたにも見えたアジア進出が結局は前倒し償却で失敗が露呈したとき、決算の意味合いも薄れた。資産の時価評価導入によって初めてサービス業の決算書が意味をもったのと同じかもしれないが、製造業では真の意味での技術力の評価が必要だった。

 M&Aが盛んになって販売面では均等化しつつある。以前はいいものを作っても販売力が低ければ売れないといったことがあったが、技術力が評価されれば販売会社は自分から売らせてくれと頼んでくる。だから製造業はいいものを安く作るという本来の姿を追えるし、販売業は最大限のマーケティングノウハウを活かして物を売るのに徹する。また、薄利多売は今日のコストダウンの現状からでは実りが薄い。既にどこでも限界ギリギリのコストダウンだし、開発時からこのコストダウン目標は明確だ。その線を越えた時点で利益はなくなる。

 これが技術立国日本の本来あるべき姿なんだと思うといい仕事に就けたものだと思う。さて、そろそろ会議の時間かな。机の上くらいは片づけておかないとみっともない。カメラ写りも大事だからネクタイを締めてと・・・

-注意-

この物語はフィクションです。

注1)決算を操作するというのは粉飾決算というような深い意味はありません。注2)弁理士会はここ数年の間で仲裁センターを設立準備中ですが、工業所有権センターの構想があるわけではありません。単なる私見です。

-著者コメント-

 「プロパテント時代を生き抜く:プロローグ」を読んでいただきありがとうございました。どのような感想をいだかれたか教えていただければ幸いです。当所では、基本的な考え方としてこのような社会になっていった場合に活用しやすい特許を取っていきたいと考えております。すなわち、活きた特許という意味です。次回から数回にわたってもう少し詳しいことを書いていきたいと思っております。書き始めてはしまったものの、物語風でいくのか説明調とするのかもはっきり決めていません。また、反応次第で止めてしまうこともあり得ます。さらには、反論などがございましたらそのような意見も掲載させていただきたいと思います。やや、我田引水という感じがしないでもない「プロパテント時代を生き抜く」ですが、次世代のIP環境に前向きに対処していきたいと考えております。