表札事件

表札事件

:実用新案権損害賠償請求:昭和52年(ワ)第1508号:大阪地裁(昭和55年6月17日判決)

 最近では特許庁がプロパテントという言葉を積極的に使用するようになってきました。特許庁も変わったなーと感じます。行政がこれだけ変わったのですから特許権を取得する側でもいろいろと認識を変えていく必要があります。というわけで、誰が特許権や実用新案権を取得すべきかということを考え直す必要についてお話したいと思います。

 この事件は表札に関するものでした。枠体の中に銘板を保持し、表から透明の樹脂板などで覆うようにし、銘板が汚れるのを防止するとともに、透明の樹脂板を外せば簡単に銘板も交換できるといった表札です。裁判所の判断では、被告側の製品がかかる構成を備えることは特段の説示をするまでもなく明白であると判断しています。ですから、今回はとりあえずクレームについては問題なかったことにしておきます。

 となれば、実用新案件法第29条第1項の規定により「侵害者の受けている利益は実用新案権者の損害の額と推定する」と考えることに関して特に問題はないように思えます。それにも関わらず、この事件の場合は同条第2項の実施料相当額が基準となってしまいました。この場合、原告が言及した侵害者の受けていた利益の額というものが根拠のないものであったというわけではありません。むろん、侵害者の受けていた利益の額の方が実施料相当額よりも大きかったことはいうまでもありません。

 どういう状況の場合にこういうことになると思いますか?実用新案法の条文を見ていても理由が分からないのではないでしょうか。

 この事件では、実用新案権者というのは表札製造会社の社長個人でした。そして、この表札製造会社がこの実用新案権を実施することになる表札を製造販売していました。ですから、実施者となる表札製造会社はいわゆる通常実施権者として実施していたに過ぎません。通常実施権者ですから積極的に排他的権利を行使することはできません。従って、訴えを提起したのは実用新案権者としての社長個人でした。

 この社長の立場というのはいわゆる不実施権利者ということになります。ですから、実用新案権で受けている利益というのは通常実施権者に実施許諾することによって得られた実施料となり、この不実施権利者にとっての損害というのは無権利者の実施によって本来受けられるはずであった実施料が滞ったりする場合に生じるわけです。

 一方、実用新案法でいう損害額の推定というのは本来的に生じていた損害の額を立証しにくい背景にかんがみて設けられているものです。ここに注目しなければなりません。不実施権利者に損害はあったのか否か?上述したように不実施権利者の損害とはなんであるかをきちんと見極めなければなりません。というよりも裁判ではそこのところをきちんと見極めようとします。あくまでも、実用新案法の条文として「侵害者の受けている利益は実用新案権者の損害の額と推定する」と規定されていることが、即ち相手側が利益を受けている場合に自らの受けた損害として賠償請求できるということを意味するわけではないのです。ご理解いただけたでしょうか?

 さて、本コラムの趣旨に戻ればこのような事件を我が身に置き換えて何か得られることはないかを考えるべきです。貴社の現状はどうでしょうか?社長が有能であり、個人で権利を持っていることも多いと思います。この場合に会社が単に通常実施権者であっては特許権を始めとする工業所有権が活きないのは上述したとおりです。会社に訴権を持たせるためにも、会社と共有者になるとか、専用実施権を設定するなどの対策を取られたらいかがでしょうか。また、ライセンス契約を行っている場合でも同じようなことが言えます。ライセンシーが不許可の侵害者を直に訴えられるような策も考慮すべきではないでしょうか。

 特許権を共有にしたりとかライセンシーが訴えを提起できるようにするといった対策は、それだけでは肯首しにくいことかもしれませんが、これらに配慮した契約をきちんと結んでおけば十分に有効な対策と言えます。

 是非、一度、貴社の現状を検討してみたらいかがでしょうか。