貸ロッカー硬貨投入口開閉装置事件

貸ロッカー硬貨投入口開閉装置事件

:実用新案権侵害差止請求他:昭和50年(ワ)第2564号(東京地判S52.7.22)

 この判決における事実と争点を簡単に紹介します。適用対象は、コインロッカーの硬貨投入口であり、鍵を抜けば硬貨投入口を閉じ、鍵を挿入すれば開く装置です。クレームは「鍵2の挿入または抜き取りにより硬貨投入口8を開閉する遮蔽板9を設けたことを特徴とする貸ロッカーの硬貨投入口開閉装置。」と記載されています。また、明細書中にはクランク機構の実施例が開示されていました。一方、被告製品は、機能的には同じですが、カム機構を利用しています。
 原告はクレームそのものの範囲であり、技術的にも同等と主張しています。しかし、被告はクレームが究極的目的ないしテーマを機能的に表示したファンクショナルクレームに過ぎず、対象たる権利は特定されていないと主張し、さらには、同様の目的は公知であると主張しています。
 結論は、非侵害。要約すれば、硬貨投入口の開閉手段について抽象的な記載しかなく、その手段がクレームの記載のみから知ることができないため、権利範囲が考案の詳細な説明及び図面を参酌して実施例相当の装置に限定解釈されたのです。
 さて、私自身がこの技術についてクレームを書こうとしたとき、かなり似たものになると思います。被告は、鍵の抜き差しで遮蔽板を駆動させる中間機構を特定すべきと主張していましたが、原告は、中間機構の無い機構も含むと主張しています。
となると、「硬貨投入口を開閉する遮蔽板と、鍵の挿抜動作に応じて同遮蔽板を駆動する駆動機構とを備えた・・」といったところでしょうか。しかしながら、これでは実質的には元のクレームと大差ありません。
 希望だけを書いたクレームだったからダメだったという解釈で間違いはないのですが、構成を書いたとしても同じようにしかならない場合もあります。それでも広く取りたい。このジレンマはクレームを書いているときに実は頭の中をよぎっているのです。実施例ではクランク機構がありながらクレームではクランク機構を文言にしていない。頭の中ではクランク機構と書いたら権利範囲が狭くなると考えたのです。それならば、代替物でも可能であることを付言したら良かったのではないでしょうか。
 クレームの書き手は自分のクレームについて注釈を付けてみると良いと思います。会社側でも事務所側でも同じです。頭の中によぎったことを言葉に置き直すことになります。「こういう言葉を選んだのはこういう理由です。」と言葉に表すと、それなら何らかの形でその間を補充しておく必要があるなと気づきます。頭の中をよぎったこと、インスピレーションとでも言いましょうか、それを大事にしつつフォローもしておきましょう。私自身はこれを実行しています。
 なお、この事件の判決は古典的ではありますが非常に参考になります。被告の答弁は上に述べたものだけではなく、いろいろな角度から反論を述べています。また、原告もそれに対抗してすばらしい反論をしています。責め方、守り方が良く分かります。入手できない方は当所にご連絡下さい。