コンクリート補強金具事件

コンクリート補強金具事件

:特許権侵害差止請求事件:平成6年(ワ)第16290号:東京地裁(平成8年10月18日判決)

 今回は、前回のコンクリート補強金具事件におけるもう一つの興味深い点をご紹介します。ポイントは、原理や作用の把握が特許権に影響を及ぼすかということです。
 被告は反論として次のような主張もしています。「被告製品の内側円形環状体2は,補強効果が達成される原理からいえば,構成要件Aの内側の無端状の金属製環状体とは180度違った作用効果を果たしている。すなわち,本件発明では,外側ないしは中間の無端状の金属製環状体がクラックによる引張力の作用を受けるのに対し,内側の金属製環状体は,クラックによる圧縮力の作用を受けるものであるが,被告製品の内側円形環状体2は,外側の第一正方形環状体3及ぴ第二正方形環状体5と同様に,クラックによる引張力の作用を受けるものである。」
 ここで主張しているのは、二つの環状体に対して作用する力関係が、本件発明では外側が引っ張りであって内側が圧縮なのに対し、被告製品は外側も内側も引っ張りである。このように作用が違うから侵害しないという主張です。
 特許権の技術範囲の基礎が特許請求の範囲であることは基本中の基本です。むろん、特許請求の範囲だけでなく、発明の詳細な説明の欄を参照することはあります。しかしながら、それは特許請求の範囲の記載自体では技術範囲が不明確な場合です。本件の特許請求の範囲を見てみましょう。「同一平面上の少なくとも内外二重の無端状の金属製環状体とこれらの環状体を互いに連結する複数の連結杆とから成る鉄筋コンクリート有孔梁の補強金具。」ということです。どこにも引っ張りだとか圧縮だとかという文言は出てきません。また、この記載に不明確さがあるとも思えません。そうであれば、特許請求の範囲の記載で特定される形状をもった補強金具は権利範囲に含まれ、その判断をするにあたって発明の詳細な説明の欄を参照するには及ばないのです。
 別な視点を挙げてみます。発明については、たとえその作用を認識していなくても特許を取れます。ただし、その効果に再現性があればという条件が付きます。効果の再現性とは何かというと、発明品においてどういう作用が根拠となっているのか分からないにしても、必ず、同じ効果が得られるということです。釘抜きの原理はてこの作用です。てこの作用が分からなくても、釘抜きの形であれば、釘は楽に抜けます。こういったときでも特許は取れます。
 機械系の発明では原則として特許請求の範囲に「作用」を書きません。ある作用を必然的に成し得る形状を特定するからです。ここが機械系の発明の簡単そうで難しいところです。機械系における素晴らしい明細書とどこにでもある明細書の違いはここにあります。一見したところでは形状を示しているだけなのですが、ある作用を想定してそれに必須の文言が記載されているのです。特許請求の範囲に「なんでこんなものが入ってるの?」と思うような構成要素があったりします。装置全体の動きに影響するのでものを理解するのには役立ちますが、発明のポイントを説明するときには使わない言葉です。技術説明を受けるときに、因果関係を的確に把握できない人の場合は機械全体の説明になってしまいます。取り説と変わりありません。
 本件の場合は、作用を記載していません。それがいいのですし、そこに異図があるのです。私でもこの場合は作用など書きません。作用を隠す記載に練り込まれた結果が表れていると考えるべきです。
 なお、付言すれば、作用の説明の違いを挙げて意味のあることもあります。作用の違いが構成の違いに起因するものであって、それを裏付けることができれば有効です。ただし、構成が一致していて作用が変化してくるというのは残念ながらレアケースです。そして、構成が一致しながら作用が相違することを指摘したとしても、それが明らかに権利範囲に影響を及ぼすようなものでなければあげ足取りにしか思われないでしょう。このケースでは原告側によって作用の違いは具体例の違いに起因するという説明がなされているのですが、被告側は作用の違いを構成の相違に結びつける、より論理的な説明がなされていれば良かったのかもしれません。
 もう一つ、この事件では興味ある点があります。実施料の認定にあたって10%と認定していることです。一般的には3%といった数字を押しつけられがちなのですが、非常に高い率を敢えて採用しています。その背景には、原告側で友好関係にある共有特許権者から3%の実施料の支払いを受けており、第三者に対してであればより料率の高いものとなっていただろうという推定がなされています。この点、どうして共有特許権者が他の特許権者に対して実施料を支払うのか不思議なところですが、特許発明の市場開拓性のようなものも検討されています。よくいえばパイオニア的な発明であるからだったからでしょうか。