梁吊上げ用クランプ事件

梁吊上げ用クランプ事件

:昭和63年(ワ)第4516号:東京地裁(平成3年3月29日判決(控訴))

 今回は、作用的記載について考えてみたいと思います。
 建築現場などで見かける断面がH形の鋼材をご存じかと思いますが、これをクレーンで吊り上げて移動させるときに使用するクランプがあります。これは頑丈なボルトの頭にフックを形成しておき、このボルトを鋼材に形成しておいた孔に挿入して反対側からナットで締め、フック部分ににワイヤを取り付けて吊り上げることができるようになるという代物です。ただ、そのままではナットを紛失してしまいかねませんから、ナットをひもでボルトの頭にくくりつけておこうとしています。ナットを取り付けるときにはナット自身を回転させますから、このひもが捩れてしまうことの無いように、ナットの側に工夫しました。すなわち、ひもはリングに固定され、このリングがナットの周囲で回転できるようにしたわけです。
 その構造として、特許請求の範囲には、「該クランプのボルトに螺合される雌螺子孔を有する筒状の螺子体の一側外周が縮径段状とされ、且つ段状部に雄螺子が設けられているとともに該段状部には、前期雄螺子に螺合する雌螺子を有し、且つ前記ボルトに遊嵌される管体が螺着されているナットと、」と記載しました。
 リングがナットから外れてしまっては困りますから、ナットの外周に溝を形成し、この溝にリングをはめたいわけです。また、リングはそう簡単に伸び縮みしませんから、ボルトにワッシャをはめてからナットを締めるような構成にしています。ここでいうボルトとナットは上の例のものではなく、例えとして使っていますので誤解しないで下さい。こうすると、ワッシャはボルトの軸部の周りで回転できますし、ボルトの頭とナットで挟まれて抜け落ちることもありません。そういった構造をこの特許請求の範囲で示しています。
 これがよほど使い勝手が良いとみえて、競合品が出ました。ボルトの側は殆ど同じですが、ナットの側がボルトとナットというようなねじ構造ではなく、溶着して固定しているのです。ボルトのネジ山を無くし、雌ねじを形成していないナットを被せ、溶接してしまっています。これでも間に挟まれたワッシャは回転しますし、外れることもありません。実質的に何も変わっていないといえます。
 判決中の判断の理由では、「螺着」に「溶着」は含まれないと示されました。使用に際して何ら実質的に変わることはないと思います。これについて、原告は控訴しています。私は、控訴で勝てばいいというものではないと思います。クライアントはそれだけ出費を必要とするからです。
 なぜ、地裁で敗訴したかと言えば、特許請求の範囲の記載を尊重したからでしょう。特許請求の範囲の中では螺着の部分について事細かに説明しています。処分権主義、当事者の意思の尊重という民事訴訟法の観点からすれば、「特許請求の範囲にこれだけ事細かに説明しているのなら、本人にとってはそれだけ意味があるのだろう」と解釈されたのかもしれません。
 誤解を恐れずに言うとすれば、今は形そのものを特定するのではなく”作用的”に書きます。そして、この作用的というのは分野において微妙に異なるとはいうものの、一つの筋は通しています。それはあくまでも形を作用的に説明しているということです。作用を説明すれば形が分かるのではなく、形を特定するための作用を書きます。どうやって動くかという作用ではないことに注意して下さい。それは単なる願望と理解されてしまいます。
 和ばさみと洋ばさみについて、形だけで特定して両方を含むクレームを作るのは無理だと思いますが、それでは作用的に書けば許されるかというとそういうわけにはいきません。「刃板部と把持部とが一体をなす連結部材が、上記把持部同士の近接操作によって上記刃板部同士を近接交差動作させるてこの支点を介して連結されている・・」と説明する場合と、「刃板部と把持部とが一体をなす連結部材が上記把持部同士の近接操作によって上記刃板部同士を近接交差動作させるように連結されている・・」と説明する場合とを比較してみます。後者は作用的記載であって下手な例だと思います。結局は両方のはさみを説明しきれないために形を説明することを途中で投げ出しています。前者の例はあくまでも「てこの支点」という形を特定しています。むろん、一つだけの形でないところがみそです。
 政略的な意味で後者のクレームを第1クレームとし、前者のクレームをサブクレームとして加えることはあるとしても、後者のサブクレームがないまま単に和ばさみと洋ばさみの形のサブクレームを付けたとしたらどうなるでしょうか。明細書には和ばさみと洋ばさみの形を説明して終わってしまいます。しかし、「てこの支点」という文言によって形を特定することにより、和ばさみと洋ばさみ以外のてこの支点というのはあり得るのかどうかを考えるチャンスが生まれます。そして、このチャンスが真似されにくい特許を生み出すと考えます。