電気縫合せ抵抗溶接法事件

電気縫合せ抵抗溶接法事件

 事件名:電気縫合せ抵抗溶接法事件
【事件番号】 東京地方裁判所民事第29部 昭和63年(ワ)第2071号 平成6年3月30日判決(確定)
【参考文献】 判例集(平成6年) 日本知的財産協会


1,事実及び争点
 <事実>
①本件発明の構成
要件A:溶接領域において前記電極支持ローラの圧力により電極線の変形が生じない
要件B:引張り加重に対する弾性限度を増加させた電極線を用いる

②本件製缶機(被告装置)の構成
 ワイヤブレーキ部B,中間ワイヤテンション調整部D,マルチグループプーリF,最終ワイヤテンション調整部Gによってワイヤにテンションをかける
 溶接時のワイヤの伸びは少なくとも1.61%

 <争点>
Ⅰ本件製缶機が、本件発明の実施にのみ使用される装置であるか否か
Ⅱ「溶接領域において」の意義
Ⅲ「電極支持ローラの圧力により電極線の変形が生じない」の意義
Ⅳ「弾性限度」の意義

2,結論
Ⅰ本件製缶機は本件発明の実施にのみ使用される装置であると認められない
Ⅱ「溶接領域でさえも変形が生じない」の意味と認めるのが相当
Ⅲ溶接領域以外での伸びによる変形も含む
Ⅳ「弾性限度」とは永久歪みを生ずる応力

3,実務上の指針
①判決の引用
 Ⅰ...略...本件製缶機においては、本件発明における「弾性限度」を規定する永久ひずみの数値と認められる0.01ないし0.03%を超え、更には原告主張にかかる0.2%をも大きく超える2%の伸びを生ずる電極線を使用することが可能であると言うべきであるから、本件製缶機は本件発明の実施にのみ使用される装置であると認めることはできない。...略...加えていうと,本件製缶機においては,右のように生じた電極線の伸びをワイヤブレーキ部B...略...等により吸収するものということができるから,本件製缶機による溶接方法は,伸びの生じない電極線を使用することによってループの発生を回避し,これにより連続的な溶接作業ができるようにした本件発明にかかる方法とは技術的思想を異にするものといわなければならない。
 Ⅱ...略...本件明細書の特許請求の範囲においては,「溶接領域において」と記載されているのみであって,その具体的範囲は必ずしも明確ではないので,本件明細書の発明の詳細な説明を参酌することとする。...略...電気縫合せ抵抗溶接方法に関する従来技術について,「溶接工程中に単線電極が溶接点で高温に曝され圧延すなわち線の伸張と相当する断面積の縮小が生ずることは公知である。この結果,両方の電極支持ローラの間にループが形成されることになる」(本件公報2欄3ないし5行)...略...圧延,引抜,成形,硬化等の加工により引張り荷重に対する弾性限度を増加させた電極線を用いて,ループの形成を回避しようとする」(同欄18ないし23行)との方法を採用し、...略...ローラヘッドを取外すことなく...略...連続加工を行うことができる。」(同6欄13ないし16行)との効果を生ずるに至った...略...ここにいう「溶接領域において・・・変形が生じない」とは,高温及び高圧の条件下にない箇所ではもちろんのこと,従来変形が生ずることが公知とされた,高温及び高圧の条件下にある「溶接領域でさえも変形が生じない」との意味であると認めるのが相当である。
 Ⅲ...略...問題となる変形が圧縮によるものかのような記載でありながら,他方では...略...問題となる変形が伸びであるかのように記載されている。...略...電極線の伸びには少なくとも「圧延」が関与していることは明らかである。...略...原告は,...略...溶接領域以外の箇所で電極支持ローラの圧力以外の原因(特に張力)により伸びが生じても本件発明とは無関係である旨主張する。しかしながら,張力等による伸びが許容されることになると、本件発明においても従来技術のようなループ吸収装置を設ける必要を生じ,本件発明の自動(連続)溶接という目的を達しえなくなる...略...右原告の主張は採用できない。
 Ⅳ...略...本件特許請求の範囲においては,「引張り荷重に対する弾性限度」とのみ記載され,その具体的内容,数値は明らかではない。...略...工場において既に希望する強度値例えば弾性限界値を賦与されたより硬い線を使用する」(同3欄4ないし5行)...略...右認定事実と,本件明細書の前記各記載とを照らして考えると,本件特許請求の範囲にいう「弾性限度」とは,「0.01ないし0.03%の永久ひずみを生ずる応力」をいうものと認められる。

②執筆者のコメント
 Ⅱについて、明細書を作成する立場から考えますと、「溶接領域」という文言が不明確であり、「溶接領域」という構成要件が「溶接領域以外」も含むように解されるのは酷であると思います。本件判決は、形式的にはクレームの構成要件以外の要件を必須構成要素であると解釈したように見えるからです。但し、実質的な理解をすると、本件発明の目的から「溶接領域以外」を含むという解釈が成り立つのも当然であると考えます。「溶接領域以外」を含まなければ発明の目的を達成しないからです。したがって、クレーム作成時に必須構成要件のみを抽出してクレームしているつもりであっても、裁判ではより限定し、あるいは他の構成要件を付加して解釈されることがあるので注意が必要であるという教訓が得られます。特にある装置の一部分を抜き出してクレームする場合、当該一部分のみをクレームしているつもりであっても、明細書の記載内容から一部分ではなく装置全体として始めて成立すると解釈されることがあり得ますので、このような場合には、明細書作成に当たり、一部分が他の装置にも転用可能である旨を記載するなど慎重なケアが必要と考えます。
 Ⅲについてもクレームには「ローラの圧力により」と記載しており、「圧力による伸びが生じない」ことを構成要件としているつもりであっても、発明の目的から実質的には「張力による伸び」も許容されないはずであると解釈されています。クレームで文言を明確にしても、その文言をさらに限定解釈することが必須であるように詳細な説明等を記載してあるとクレームで権利範囲を広くしても無意味となる場合があることに注意が必要と考えます。
 Ⅳ「弾性限度」はテクニカルタームなので定義は一般に理解されており、クレームに使用した場合に不明確さを排除するのに役立つと考えます。しかし、権利範囲を広くするという意味では、非常に慎重に使う必要があると考えます。テクニカルタームを使用すると、その一般的な意味より広く解釈されることは少ないと考えられるからです。本件では、権利者も明細書中で「弾性限度」本来の意味で文言を使用しています。これに対し、被告装置は「弾性限度」を超える張力下でワイヤを使用しています。したがって、この意味からすると被告装置は文言上非侵害となり、勝訴の可能性は元々少なかったのではないかと考えます。
                     以上