質量流量制御器事件

質量流量制御器事件

:特許権侵害差止請求等:平成1年(ワ)第1320号:京地(H5.1.21)

 よく「本発明は上記実施例に限定されるものではない。」といった表現を見かけます。当所も使います。しかし、こういった表現も使い方次第です。今回は、このような何気ない(?)表現への警鐘です。

 原告特許権のクレームは、「センサー部に毛細管を用いたマスフロー流量計において、バイパス部の流体抵抗素子としてセンサー部の毛細管と同一特性の毛細管を一又は複数本用いたことを特徴とするマスフロー流量計」と記載されています。被告製品は、同様のバイパス部にセンサー部の毛細管を使用するものの、毛細管の径はセンサー部とバイパス部とで異なっています。争点は、「同一特性」の文言です。

 裁判所は原告の明細書の記載に関して、「原告は、…両者の毛細管の内径まで同一であることを指すのではないと主張する。確かに、本件公報中には、この点に関し、「ここにいう同一特性とは、流量体差圧の関係が等しいことを意味し、毛細管の形状や寸法が全く同一であることに限られるのではない。」との記載もある。しかし、レイノルズ数に関する前記自然法則に照らせば、内径の異なる二つの管を用いて、常に、両者の中を同一速度で流れる同一の流体の状態を同一に保つことは不可能であるから、右記載は自然法則と矛盾する記載といわざるをえない。そして、自然法則と異なる特許発明などありえないから、右記載は無益的な記載であり、本件発明の技術的範囲を理解しその限界を解釈する参照とはならない。」と述べています。

 裁判所における本件特許発明の技術認定についてはおいておくとして、明細書中で「『同一特性』とは、毛細管の形状や寸法が全く同一であることに限られるものではない。」と記載しながら、全く有効に作用していないことにスポットを当てることにします。

 このように記載したということは、この記載に問題があることを意識しているわけです。すなわち、『同一特性』という語が狭い範囲に解釈されてしまわないようにとの対策なわけです。では、どういう風に解釈されて欲しかったのでしょうか?「流量対差圧の比が等しいということ」を意味するということなのですが、「レイノルズ数に関する前記自然法則に照らせば、内径の異なる二つの管を用いて、常に、両者の中を同一速度で流れる同一の流体の状態を同一に保つことは不可能であるから、右記載は自然法則と矛盾する記載といわざるをえない。」と言われてしまいました。

 確かに、発明が適用された製品を見て、それに内在する発明を言葉で説明することは大変難しいことです。その製品は一実施例に過ぎないのですから。通常、ここで試みられるアプローチというのは、技術を平易な言葉に置き換えようとする努力です。それでも両者が一致していれば問題は起きないのですが、後々考えてみたら一致しない場合もあったというときに問題が起こります。

 ここは素直に、技術を言葉で平易に表すのは無理があると認める方が利口だと考えます。といってもこれが対策ではありません。技術は技術で説明してしまうことが必要だということです。技術を平易な言葉で説明するというアプローチと、技術を具体例で説明するというアプローチをとるべきです。例えば、「xxは△△に限られず、□□といったことである。例えば、○○とするようなものが含まれる。」こういったフレーズをルーチンで使用する習慣が必要ではないでしょうか。

 特許担当者がチェックするときには、「xxは△△に限られない」といった表現を見つけたときに、まず、「□□といったことである。」という言葉を換えた表現が試みられているか、次に、「例えば、○○とするようなものが含まれる。」という具体例を上げた表現が記載されているかといったことを頭に入れておかれたらどうでしょうか。場合によっては特許事務所の側で具体例を上げられないこともあると思いますし、具体例を上げたつもりですが実施不可能な技術である場合もあります(意図的に改悪品を例示して権利の裾野を広げることもありますので、使い分けは必要です)。このような場合には積極的に具体例を考えて下さい。追加は容易ですし、きっと日の目を見ると思います。