コンクリート補強金具事件

コンクリート補強金具事件

:特許権侵害差止請求事件:平成6年(ワ)第16290号:東京地裁(平成8年10月18日判決)

 原告の有する鉄筋コンクリート有孔梁の補強金具に関する特許権を、被告が侵害しており、差止請求と損害賠償を請求した事件です。
 原告特許権の特許請求の範囲を見て下さい。「同一平面上の少なくとも内外二重の無端状の金属製環状体とこれらの環状体を互いに連結する複数の連結杆とから成る鉄筋コンクリート有孔梁の補強金具。」ということです。紙に鉛筆で次のように書いてみて下さい。同心円の二重の円を書きます。直径は1:2でいいです。次に、時計でいうところの12時と3時と6時と9時のところに両方の円を結ぶ直線を引いて下さい。分かりやすいですね。実物は鉄筋で構成され、直径が40センチとか80センチとかそんな大きな物だと思って下さい。コンクリートの梁の先端部分に入っていると考えればいいようです。
 被告製品も紙に鉛筆で書いてみて下さい。一つ目の正方形を書きます。同じ大きさの正方形を45度だけ傾けて重ねて書いて下さい。両方の正方形の中が空いていますから、ここに一つの円を書いて下さい。そして、最初に書いた正方形の角から内側の円にかかるように四本の線を引いて下さい。ちなみに、最後に引いた四本の線は後で書いた正方形と重なっていますよね。
 この形状でありながら、被告は侵害していないと言います。被告の反論をよくよく読んでみると、いろいろと特許の解釈についての基本を勘違いしているようです。知っていて書いているなら大したものですし、知らないで反論しているなら特許の相談役を変わってもらう必要があります。
 間違いは二つあります。一つ目は被告製品に原告特許にない付加物がある場合の考え方です。二つ目は原理や作用の把握が特許権に影響を及ぼすかということですが、これは次回にお話しします。
 まず、最初の問題について、説明します。被告製品が後に書いた正方形を備えていなかったらどうでしょうか。正方形の中に円があり、正方形の四隅から円に向かって直線が引かれた形状です。「・・内外二重の無端状の金属製環状体と、これらの環状体を互いに連結する複数の連結杆・・」ということにぴったり該当するはずです。ちなみに、被告は正方形であって円でないということについても反論していますが、それは問題外としておきましょう。
 ただし、被告製品はもう一つ正方形があるわけです。これが付加物ということになります。被告の主張は、この付加物があることによって補強金具としての効果が向上する。それも足し算的ではないプラスアルファの効果があるということです。ふむふむ。原告製品の存在を引例とする拒絶理由を受けた場合の意見書であればokという感じです。しかしながら、この場合は方向が違います。プラスアルファの効果があるのは結構だとして、問題となるのは原告の特許発明が奏する効果が現れているか否かです。被告の立場で言うならば、付加物があることによって特許発明の効果は現れていないということを言えれば反論する価値があります。原告としては「プラスアルファが有ろうが無かろうがそんなのは知らん。」の一言です。さらに、被告はご丁寧にも後に書いた正方形が無いものと有るものとを比べた試験結果を提出しており、徐々に補強効果が増えていっていることを証明しています。
 補強効果はともに増加する傾向であって、付加物があるとさらに効果が向上するというのですから、付加物がない状態のものが本来有する効果を発揮しつつ、さらにその効果を倍増させるように機能していると言えます。被告としては「付加物があることによって顕著な相乗効果が認められる場合にはその構成要素同士を一体不可分に考えなければならない」といっているようなものですが、判決においても「被告独自の見解であってとうてい採用することができない」と一蹴しています。後でいろいろ足していけば効果が良くなるのは当たり前といえば当たり前で、そのときに先に開発した人の特許が全く意味が無くなれば特許制度が無意味になるのは目に見えています。
 この問題は特許法第72条の利用関係に該当します。他人の特許発明があるときに、それを他人が改良したとしてもその人は特許を取れます。これは、特許法が技術の発展を目的とする趣旨に一致するからです。大いにやって下さいということです。しかし、その場合でも先の人の特許権がある以上、特許さえ取れれば「特許庁が実施していいよというお墨付きをくれた」というわけではありません。勝手に後の人は実施できないのです。この場合、先の人はどうなるのかというと、後の人が改良した部分は実施してはいけませんということです。後の人が唯一反論できるのは、「確かに同じ構造を含んではいるけれども、その本来の目的は達し得なくなっています」という場合だけでしょう。