圧力流体シリンダー装置事件

圧力流体シリンダー装置事件

【事件番号】 東京地方裁判所民事第29部
       平成8年(ワ)第4295号 平成9年9月26日判決(確定)
【参考文献】 判例集(平成9年判決) 日本知的財産協会


1,事実及び争点
 <事実>
①本件発明の構成
(6):密閉バンド37に取り付けられてスロット4内に延び,スロットの側壁71,72と弾性変形で着脱自在に係合する保持部材73,74;75,76を前記内部密閉片31に設けたこと

②被告装置の構成
ヘC:シールベルト6のリップ7,8が,スロット2の切り欠け部に係合する

③その他
拒絶理由に対する対応の過程で公開公報第3図,第4図を削除し、同第5図,第6図を新たに第3図,第4図と補正し、登録された


 <争点>
Ⅰ内部密閉片31が金属に限られるか否か
Ⅱ密閉バンド37と保持部材73,74は別部材であることを要するか否か
Ⅲ被告装置のスロット2が本件発明のスロット4に該当するか否か
Ⅳシールベルト6の胴部側面16,17がスロット2の垂直面9,10に密着し,側壁部から押圧保持されてシールベルト6の落下を防止しているか否か


2,結論
Ⅰ金属に限定されない
Ⅱ別部材であることを要する
Ⅲ該当する
Ⅳ胴部側面16,17の密着によって落下を防止しているとは言えない


3,実務上の指針
①判決の引用
Ⅰ本件特許請求の範囲には...略...材質について何らの限定がなく本件公報(6欄31行ないし33行)には,「密閉バンドは磁性を持つ必要がないので、これには任意の材料を用いることができる」と記載されている...略...密閉バンド37の材質は,金属に限られず,可撓性があること(構成要件(4)などの条件を満たす限り,合成樹脂であってもこれに含まれるものと解される。...略...ベリリウム青銅で製造される」...略...これは実施例の記載であり、...略...密閉バンドの材質が金属に限定されることはない。
Ⅱ...略...「取り付ける」,「内部密閉片31に設けた」という表現は,密閉バンド37と保持部材73,74;75,76が互いに別の部材から構成されていることを前提としているものと解される。...略...シールベルト6が,合成樹脂で一体成形されていることは前記(一)の通りであり,...略...したがって、シールベルト6は...略...内部密閉片31には該当しない。
Ⅲ...略...「シリンダーチューブの軸方向に伸びたスロット4」との記載はあるが,その他には,本件公報中に何らの限定が認められない。右事実によれば,保持部材73,74がスロットの側壁71,72と弾性変形で着脱自在に係合する(構成要件(6))限りにおいては,その側壁等の形状に限定はないものと解すべきである。...略...「スロットは真っ直ぐな側壁に設けることができる」旨記載されていることが認められるが、これは実施例の記載であり,本件において,実施例によって本件発明の技術的範囲を限定すべき理由はないから...略
...被告装置のスロット2は,これに該当するものと認められる。
Ⅳ公開公報第3図,第4図を削除し、同第5図,第6図を新たに第3図,第4図とし,...略...スロットの側壁を弾性変形によって押圧しつつ当該部分を封鎖できる保持部材を備えている点で異なる旨述べている。...略...本件発明は,公知技術及び先願発明にかかる先行技術に抵触しないように,すなわち,特開昭58-50302号公報に開示された凹凸による機械的係合によってスロット内部の密閉片を保持し,その落下を防止するという技術とは異なるものとして理解すべきである。...略...被告装置のシールベルトからリップを取り除いた
場合,シールベルトがシリンダーから落下することが認められ,...略...構成要件(6)を充足しない。
②執筆者のコメント
 Ⅰ,Ⅲについては、明細書の記載によって限定解釈されていないので、部材の形状や材料を記載する場合には本件明細書のような記載を心がけるべきであると考えます。すなわち、メインクレームでは形状,材料の限定をしないことを原則とし、実施例でも必ず作用的記載を付記し、形状,材料は任意としつつも具体的記載はあくまで一例とすることが重要であると考えます。さらに、作用的記載によって限定解釈される余地があると考えられますので、作用はなるべく広く沢山書くべきであると考えます。
 Ⅱについて、部材の構造を記載する場合にメインクレームで「取り付ける」等の文言を使用しないことを原則にすべきと考えます。部材の連結を記載する際には「連設」「突設」など、一体とも別体ともとれる文言を使用し、実施例等で「一体でも別体でもいい」とのフォローを入れることが重要であると考えます。
 Ⅳについて、出願の経過でクレームを限定する際には慎重にすべきであると考えますが、特許査定を得るために限定を行うことは致し方ないことが多いのも事実であると考えます。本事件について、特開昭58-50302号との比較では「弾性変形」という文言限定は不要であったように思います。クレームに「弾性変形」という文言を入れるのが仕方なかった場合でも、リップ7,8を削除するという証拠に対してリップ7,8を削除するのではなくリップ7,8の直下のシリンダーチューブ3を切り欠いた場合にはシールベルト6が保持されるかもしれないので
、この点を反論する余地があったと考えます。     以上