彫刻刀事件

彫刻刀事件

【事件番号】 大阪地方裁判所第21民事部
       平成6年(ワ)第4629号 平成8年6月27日判決(控訴)
【参考文献】 判例集(平成8年判決) 日本知的財産協会


1.事実
<本件考案の構成>
A.柄1の先端に刃を取付けてなる彫刻刀において,
B.彫刻刀Tの柄1を合成樹脂製とし,
C.その先端側の支持部10にこれと同軸に刃取付孔12を形成し,
D.この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として,該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入するとともに,
E.柄の先端部から前記支持部10の全域に至る外表面には,弾性材料製の滑り止め用のキャップ3を被覆させ,
F.このキャップ3の表面の前記支持部10と一致する部分に複数の凸部11,11が形成されてなる
G.彫刻刀。

2.争点
<被告物件の構成>
○被告の主張
(1) 彫刻刀Tの柄1本体を合成樹脂製とし,その先端側の支持部10にこれと同軸に略円形の断面を有する刃取付孔12を形成し, …B,C
(2) この刃取付孔12に対して刃取付孔12の直径よりも幅広の刃2をあてがって刃取付孔12の内壁を削り取りながら装着し, …D
(3) 柄1本体の外周全域に弾性樹脂からなる外皮3を形成するとともに、外皮3を成形する際に柄1本体を支えるため柄1本体の一部に外面に露出させた露出部15 を形成し, …E
(4) 外皮3の前方寄りには複数の凸部11を形成したものである。 …F

一.被告物件は、本件考案の構成用件Dを具備するか
二.被告物件は、本件考案の構成用件Eを具備するか
三.本件考案は、出願前公知の考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案できたものであるか否か
四.被告らに損害賠償責任がある場合、原告に対し賠償すべき損害の額

3.結論
 被告物件は本件考案の構成要件Dを欠如し、その技術的範囲に属さないものであるから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。よって、原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

4.実務上の指針
①判決の引用
 ・・・[作用]の項に「・・・刃取付孔12の断面形状は刃2の断面の面両端部を保持する形状にしてあるから,刃2を刃取付孔12に圧入させると,該刃2 は柄1の先端側の支持部10内に強固に保持される。」との記載があり・・・すなわち刃2の断面両端部とほぼ一致する形状に形成しておき、これに刃2の基端部を強い圧力で押し込むことを意味するというべきである(・・・刃取付孔12における刃2の断面両端部を保持する形状の部分は、刃2の基端部よりわずかに小さいものと考えられるが、刃2の基端部を強い圧力で押し込まれることにより柄を構成する合成樹脂が弾性変形し、この内壁が刃2の基端部によって削り取られることはほとんどないものと考えられる)。
 ・・・実用新案法における考案(筆者注:保護対象?)は、物品の形状、構造又は組合せに係る考案をいうのであって、製造方法は考案の対象とはなりえないから、考案の技術的範囲に属するか否かの判断に当たって製造方法の相違を考慮に入れることは許されないが・・・本件のように、明らかに物品の形状、構造を特定するために実用新案登録請求の範囲に方法的記載をし、明細書の記載全体をみても出願人(原告)においてこれ以外の方法は全く念頭になかったことが認められる場合には、右方法的記載も考案の必須構成要件として解釈するのが相当というべきである。
 ・・・本件考案の出願前公知の乙4考案は、・・・柄の先端の挿入部に形成された刃の嵌合孔は、断面が略楕円形で、これに断面が長方形の刃の差し込み部が圧入されることが示されているが・・・刃の差し込み部の断面長方形の4つの角が嵌合孔の内壁をわずかに変形させながら、あるいは嵌合孔の内壁を削り取りながら強い力で押し込まれるものと考えられるところ、この乙4考案の場合と比較すれば、刃を捩る方向に力が作用した場合、刃取付孔の断面形状をあらかじめ刃の断面両端部を保持する形状すなわち刃の断面両端部とほぼ一致する形状に形成しておく本件考案の場合の方がはるかに抵抗力があり、刃が強固に保持されることが明らかである。

②執筆者のコメント
 公知技術(乙4)では刃の基端部がどのようにして断面が略楕円形の刃取付孔に保持されるのか記載されていません。しかし、同乙4に開示されているように単に刃の基端部を刃取付孔に圧入して保持することが公知技術である以上、本件考案に係る実用新案登録出願が登録されたのは、刃取付孔の断面形状をあらかじめ刃の断面両端部とほぼ一致する形状に形成したことにあると考えられ、請求棄却されたものと考えられます。
 乙4のような従来技術がある場合にどの周辺技術を考案又は発明のポイントにするかが重要となりますが、ポイントが一つだけであると狭い範囲の権利にしかならないこともあると思います。現在では、所定の考案又は発明の単一性の要件を満たせば同一出願とすることができますので、従来技術の周辺でのポイントを複数見いだして出願することが広い範囲の権利取得につながると考えます。本件考案は刃取付孔の断面形状をあらかじめ刃の断面両端部を保持する形状をポイントとしていますが、実際に登録されるかどうかは別として、刃取付孔の内壁を削り取りながら刃の基端部を装着するような別のポイントも含めるようにしたほうがよいと考えます。
 なお、本件では方法的記載が考案の必須構成要件として解釈されているので、実用新案登録出願であっても、方法的記載をすることにより限定的に解釈されないか注意すべきと考えます。

<参考>事件の経過
昭和63年 実用新案登録出願
平成6年  設定登録
平成6年  訴訟請求
平成6年  無効審判を請求される。実開昭62-60394(乙4)等引用
平成7年  無効審判棄却審決
平成8年  判決
                         以上